「最強ポートフォリオ」などキャッチーなフレーズの方が割合は高くなるようです。私もたまに「インデックスの倒し方」みたくもじることはありますけど、内容の趣旨に合うなら単純にその方が「おもしろいから」です。中身については「ただの煽り」にならないように努力はしています。
ただその中身がうまく伝えられているか不安です。例えば「水を差して」はインデックスファンドのコスト、シグマの再現性の高さとトラッキングエラーの顕現がテーマですが、特定ファンドの良し悪しだけが一人歩きしているのではないかと懸念しています。
あと割と「分配金余力」は少ないようです。アクセス解析で絶対数が多いのは母数の関係で検索エンジンからの流入がある程度いくのだと推測されます。
その他全体のアクセス傾向として前回記事の前後二週間で大きな変化はありません。他人の資産状況や成績ってそんなに面白いですかね。
概して「等価性」「どう解決すべきか」「シミュレータ」といった堅苦しそうなものは停滞。確率やバラツキに代表される抽象的な概念やその応答解析、また課題・原因・対策に関する一般的な考察より、「取り返しがつく」等の定性的なものや「課税ロス」「騰落率差」のように具体的な損得の数字が見える方が受け入れられるようです(単に計算や集計することは「定量的」とは違います)。
結局、「背景とか考え方とかどうでもいいからアセアロとファンドをどうすれば一番儲かるか(損しないか)教えて」ということでしょうか。
個人的には投資や生活に役に立つ、役に立たないは関係なくそういう背景や考え方をもっと大切にしたいと思っています。なぜなら少なくとも数学や統計といった「ロジック」が無ければ、例えばこのブログを書いたりインデックスファンドを購入したりするためのPCやスマートフォンも、ましてやインターネットも存在し得ません。またそのロジックがあるからこそ、市場ノイズにも不確定性にも霞まない明日を照らすことができるからです。
だから私はこう考えます。
「宇宙の全てを支える統計が、インデックス投資という身近な資産形成手段として存在する好機を無にしてはならない」。
統計による支えが、論理的背景が、インデックス投資の存在の証だと思うからです。
インデックス投資と統計が共存していく未来を私は信じています。
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